FC2ブログ
スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
幸せの時間
2007/09/04(Tue)
 今回は映画やアニメ漫画に関係ない、個人的なことを書かせて頂きます。暗い文なのでそういうものを目にされたくない方は、読むのをお控え下さい。

「多くの人が目にするブログで書くことではない!」とある人に怒られそうですが(苦笑)。今回だけ許して下さい…。


 
 


 私はもう若くはない。両親も老いた。

 父はいつも腰の痛みを訴える。ただの腰痛ではないだろう。母は大病を患った。ふたりとも、死が遠いものではなくなっている。

 20過ぎの弟が家を出たいと言った。かつて手を引いて歩いていた、小さく愛らしい子は、愛する女性を隣に、自分の道を歩き始めた。

 歳の離れた彼は、弟であり息子であり親友だった。 

 姉はとうに家を出ている。自分の選んだ男と遠くの地へ行ってしまった。 

 彼女も姉でありかつて最大の友人で、理解者だった。



 そのうち、私ひとりになるのではないか?

 

 最近そういう恐怖におそわれる。

 私には家族以外に心を寄せられる人間はいない。皆が居なくなった時、本当の孤独が訪れる。それが怖いのだ。

 孤独を選んだふりをしているが、隣に家族が居る安心があった。本当の孤独ではないのだ。

 
 漫画を描くことを選んだ。大志を抱き、ただの金儲け、生活の手段ではなく、理想があった。

 その理想のために、孤独を選んだのだ。

 
 しかし、本当はそうではなかった。それしかなかったのだ。

 
 本当はたくさんの友人に囲まれ、良い仕事をし、愛する女性を隣に、普通に生活をしたかった。時々映画をみたり、漫画を読んだり。休みの日にはドライブに出かけ、緑や風を感じて、少し洒落たバーにでも行って仕事の話や恋の話を友人や恋人としたかった。


 もうそんな人生はない。

 ひとりで紙に嘘の話を、自分の妄想を、理想らしきものを掲げて、しぬまでこつこつ描き続ける道しかない。そして、その道も歩けるかどうかもわからない。

 過ぎ去った時間を、懐かしむ思い出ももっていない。ろくな人生ではなかった。ただ家族との思い出が宝物だ。

 その家族との時間も終わりに近付いている。

 新たな家族を築く能力も、資格も、運もない。

 
 俺は多分、ちいさな不幸を叫ぶありふれた人間なのだ。こんな奴は、どこにでもいる。


 漫画だけでなく、アニメも、映画も創りたい。今の日本にない、世界に通用するようなものを創りたい。ずっと思っていた。

 それは、普通の生活を送れなかった反動なのだろう。本当は崇高な理想などないのだ。

 生活が充実していたら、こんなことにはならなかった。生活を充実させなかった、自分が悪い。


 しかし……。



 本当にそうなのか?


 俺はそこまでクズ人間だろうか。


 16歳の時に岩明均の作品に、塀内夏子の作品に感動して、漫画を描きたいと思った。それは単なる現実の穴埋め行為だったのだろうか。

 20歳の時、新聞配達をして暮らしていた。ごみのように扱われていた。
 
 そんな中、借りてきた映画を毎日みていた。日々は、充実していた。14型のテレビの中に夢の世界、高い理想を実現した素晴らしい表現があった。いつかこんな作品を創りたいと思った。

 その気持ちは嘘だったのだろうか。底辺の生活で、現実逃避していたのだろうか。


 そんなはずはない。そんなことがあるわけがない。


 俺の魂はそんなに穢れていない。


 生まれも育ちも貧乏で、よくいじめられた。

 学もなく、ものを知らないと馬鹿にもされた。

 
 今も貧乏だが、金持ちになりたいと、それだけを願った事は一度もない。
 
 いい作品が創りたかったのだ。食えたらいい。それでいい作品が創れたら、いいのだ。

 自分の受けた感動を、自分を救ってくれた表現への恩返しがしたいだけなのだ。

 友達たくさん、お金、恋人に恵まれていても、俺という人間は、描いていたはずだ。

 
 そう思わないと、くじけてしまう。

 
 私のせいで、表現という素晴らしい存在をけがしたくない。


 がんばろう。


 
 幸せの時間は、自分で創るのだ。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | ▲ top
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。