FC2ブログ
スポンサーサイト
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
表現の価値
2012/03/01(Thu)
 
 nausi-2.jpg

 nau1.jpg

 色を塗らない鉛筆画なら早く仕上げられるぜ! とか思っていたら、更新のたび密度が濃くなってきて、ちっとも仕上がらなくなってきたぜ!(苦笑) HAHAHA!
 
 え~……、そんなわけで三月になりましたとさ……orz<ヒー!。 題材にナウシカを選んだのも不味かったような気もします。滝沢くんから、救世主繋がりということで、つい描いてしまったのですが……。私はナウシカ、と言いますか宮崎駿さんの作品は好きで、思い入れがありますので、思ったより時間がかかってしまいました。

 で、今回はナウシカを例に、表現について少し語りたいと思います。

ーーーーー

 ナウシカと言えば、アニメ版と漫画版がありまして、どちらも表現として、大変優れているのですが、たまに「アニメしか見ていない人は原作(漫画版のこと)を読んで! すごいから!」という意見を見かけることがあります。
 
 で、ここには若干、漫画版のほうがより内容が深く、哲学的である、という意味合いを含んでいるように、私は感じるのです。もしそうだとしたら、「じゃあアニメ版は表現として、漫画版に及ばないのか?」という疑問が浮かび上がってきますが、それに対する私の答えは、「違う」です。

 
 アニメのナウシカは、実に生命感あふれ、活き活きとしています。宮崎さんや、参加されたスタッフの方々の熱量と言いますか、もう「俺(私)の表現を見よ!!」という熱気に満ちていて、圧倒されるのです。私が表現として、いちばん重きをおいているのは、作り手の訴えたい気持ちなので、まずここで素晴らしいなと感じています。

 そして次に。これが宮崎駿さんの、もっとも偉大な才能であると思うのですが、自分の実感を、優れたアニメーションとして昇華できているという面です。

 私は、優れた表現とは、世界から、自分が五感で受け取り、深く感じ、心に響いたものを、高いレベルで他者に伝えることができているものだと思っています。つまり、例えば動きならば、いくら正確な動きを再現できたとしても、それは優れた表現ではない、ということです。絵のデザインも、背景も、色彩も、音も、音楽も、全部そうです。ただ現実をなぞるだけならば、人の感性や想いなど必要なく、機械で作り上げることができます。しかしそんな正確さには、だれも見向きもしないでしょう。表現にとって、価値があるのは正確さではなく、作り手の心だからです。

 知識も技術もすべては己の心を表し、誰かへ伝えるために。私にとって、表現の価値はこの一点だけです。そういう意味で、アニメ―ション「風の谷のナウシカ」は、その隅々まで宮崎駿という一個の人間の心が強烈に刻み込まれ、また、氏のたぐいまれなる技術と熱意によって、その心がナウシカというキャラクター、そして動き、世界描写そのものに、見事に昇華された、実に優れた表現であると私は思います。あの走り、飛行の爽快感などは、アニメーションならではの、傑出した表現でしょう。

 ナウシカ一作を見ても、宮崎さんのアニメーション表現は、例えば後進の人たちのそれと比べると、やはり一歩抜きん出ていると私は思います。そしてアニメ版のナウシカは、宮崎駿というアニメーションの作り手の、最高の一作であり、根っこがある作品だと思っています。

 ただ、私がいちばんすきな宮崎作品は、もののけ姫なんですけどね(ええ~!!)。いや(苦笑)……それは私の個人的な好みであって、批評的に見たら、宮崎さんの根っこはナウシカにあると思いますよ、というお話でした。

 以上です。 次はよつばと! か、シュタインズゲートか、電脳コイルか、もののけ姫か……いずれかになると思います。では! 

スポンサーサイト
この記事のURL | 創作全般 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<テーマはその一コマに | メイン | バン!>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://kisetsufu.blog112.fc2.com/tb.php/124-3f3e8e90

| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。