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漫画・映画・アニメ 私的ベスト5
2007/08/29(Wed)
 本来なら前回の銀髪さんのコメントを受けて、日本のドラマの特徴について述べる所でしたが、予定を変更させて頂きます。すみませんorz。

 というのは、一寸軽い話題をしたかったんですよ(苦笑)。今までの話は濃かったですからね…。ここらで気軽に読めるようなものを…ということで!

 <私的映画ベスト5>

1.ゴッドファーザーPARTⅡ(1974年/フランシス・フォード・コッポラ監督) 

2.七人の侍     (1954年/黒澤明監督)

3.2001年宇宙の旅  (1968年/スタンリー・キューブリック監督)

4.真夜中のカーボーイ(1969年/ジョン・シュレシンジャー監督)

5.エレファント・マン(1980年/デヴィット・リンチ監督)


 <私的漫画ベスト5>

1.寄生獣      (岩明均/講談社・月刊アフタヌーン連載/1990~1995)

2.オフサイド    (塀内夏子/講談社・週間少年マガジン連載/1987~1992)

3.TO-Y       (上條淳士/小学館・週間少年サンデー連載/1985~1987)

4.星の瞳のシルエット(柊あおい/集英社・月刊少女りぼん連載/1985~1989)

5.火の鳥/鳳凰編   (手塚治虫/虫プロ商事・COM連載/1969~1970)


 <私的アニメベスト4>

1・赤毛のアン(高畑勲監督/フジテレビ・世界名作劇場枠にて放映/1979)

2.もののけ姫(宮崎駿監督/劇場公開作品/1997)

3.時をかける少女(細田守監督/劇場公開作品/2006)

4.∀ガンダム (富野由悠季監督/フジテレビにて放映/1999~2000)

5.雲のむこう、約束の場所(新海誠監督/劇場公開作品/2004)

次点…BLACK LAGOON(片渕須直監督/UHF各放送局にて一期・二期と放映/2006)



 データは塀内夏子さんの「オフサイド」連載期間年数以外、ウィキペデイアを参照しました。

 また、映画の公開年は制作国に合わせています。

 
 映画の挙げている作品や、アニメに関してジブリコンビを挙げている部分に、「いかにも」な印象を受ける方もいらっしゃるかもしれませんが、これは全く個人的な趣味です。漫画のベストを見て頂ければ解ると思いますが…。


 次回はこれらベストについて、個々に語りたいと思います。ではではw。
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ハリウッド映画と日本映画(終)
2007/08/18(Sat)
 また間が空いてしまいましたが、続きです。


 前回の終わり、日本映画はハリウッド映画に比べて「本当らしさ」を表すのが下手だと書きました。以下それを具体的に述べたいと思います。

 まず「本当らしさ」とは何か…何についてか…ですが、これも前回書きましたように、人間のリアクションが本当らしいということです。物語中起こる出来事に対して人間の反応が、実際こうだ、実際こうだろう、実際こうしたい、実際こうすべきだという、観客の経験、それに基づく推測、そして願望、信念に適っていると、本当らしさを感じるのだと私は思っています。

 ハリウッド映画は、これらを押さえています。いわゆるB級といわれるようなものでも、程度の差はあれこれらから生まれる「本当らしさ」を保っているのです。だから面白く多くの人が見られるわけで、決してけれんの部分がたくさん盛り込まれているからではないのです。世界の色々な人々が感情移入できる下地がきちんと作られているから、そのけれんを楽しめるということです。もしキャラクターの行動が理解できなければ、そのキャラクターに同化できず、物語には入り込めません。

 で、日本映画の多くは…私が見た限りですが、テレビドラマを含め非常にこの「本当らしさ」に対する感性が鈍いです(ただし黒澤明監督を始めとする一部の優れた作り手は除く)。

 ドラマを構成する脚本、演技、美術、カメラ、衣装、小道具、そして演出…殆どの点が「本当らしさ」を感じられることに重きをおかず作られている。私にはそうとしか思えないのです。

 先日もひどい映画をみました。まず冒頭、カメラがパン(カメラを移動させずに左右に振る事)するのですが、それに何の意味もないのです。そのショットが、物語の情報を何も伝えておらず、そればかりか美もない。つまり何の意味もない、何も考えられていない、ただ何となく撮ったショットなのです。

 演技も脚本をただつっかえずに喋っているだけで、そこに人間の存在が感じられない、酷いものでした。

 他にも色々ありますが、一番悪いのは演出ですそれらにOKを出した、ということは監督にそういう眼しかないということですから。

 
「一寸待て。映画の本当らしさについての話じゃないのか、出来が良い悪いの話になってるぞ」…と思われるかもしれませんが、映画の出来と本当らしさの問題は不離不分であって、別個に語れるものではありません。

 また本当らしさが強いというのはドキュメンタリー・タッチのことを指しません。なのでドキュメンタリーや、それ風の映画が表現として高尚だ、ということではないのです。最初に述べたように、願望や推測、信念もうまく混ぜてあるのが本当「らしさ」に繋がるわけですから。

 

 例えばあまり収入のない、若い独身サラリーマンを描くとします。それをどの辺りまで掘り下げて考えるかで、映画の迫真性も変わってくるのです。

 

 彼の実家も余り裕福でない、さらに余り仲がよくないので金銭的援助を求める事もままならないとすると、彼は自分の収入に見合った安いアパートに住み、スーツも安いものでしかも余り持っていない。靴も同じでしょう。
 性格が好い加減で粗雑だとすると、部屋は汚いし、何ヶ月も同じごみや服が散乱し、流しなど見るに耐えないものになっているはずです。食事は全てインスタントで、たまに外食。

 そして好い加減な性格のため交友関係を維持するために金銭や時間や愛情を割かないため、よく愛想を吐かされる、しかしその好い加減な性格もあって余り気にせず、おおらかな所もあるため、よりを戻したり、新たな友や恋人が出来たりする…。


 切りがないのでやめますが、こういう風に人間ひとつ描くのにも、知識を元に想像力を働かせ、人間の真実に迫る作業が創作なのです。ディフォルメが強いものでも、大事な部分をきちんと押さえておく必要があります。それができていないものは、質が高くないのではないでしょうか…と言わざるを得ません。 

 上記のサラリーマンの人間像を掘り下げていくに従って、それに見合う衣装、美術、小道具、演技が必然的に本当らしさに向かって深められていくのです。上に描いてある段階でも、まっさらなスーツを着せて画面に登場させるなどという愚行をおかすわけはないのです。しかしテレビドラマをみるとそういうことをやっていたりする。これは本当らしさなどどうでも良い、と作り手が思っているのではないでしょうか。


 いや思っていない、仕事で金の関係でそういう風にしないといけないんだ、という意見もあるかもしれませんが、そんな所に同情する事に意味は、我々観客にはないのです。「こういう事情だから仕方ないよな」という意見を出す事が状況の改善に繋がるでしょうか? 批判が世に多く上がり、視聴率なり観客動員数が下がる事が起これば、お金を出す人も会社も考えるでしょうから、批判意見を多く出す方が意味がある…と私は考えますので、同情はしません。
 
 若し熱意や才能があっても生活のため不承不承そういうことを続けている方がいらっしゃったら、チャンスが来るまで、ご自身の腕を磨き情熱を胸に仕舞っておいて下さい、応援します…。 
 
 

 とにかくそのような本当らしさをきちんと押さえておけば、必然的に良い映画になるものであると、私は考えています。


 日本映画の関係者には、奮起して頂きたいです。
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ハリウッド映画と日本映画(1)
2007/08/02(Thu)
 え~間がかなり空いたことにより、テンションが落ちてしまいましたので(苦笑)、岩明さんの話はまた後日orz。今日は違う話を…。

 映画の話です。


 前に書きましたが、私は一時期たくさん映画を見ました。たくさんといっても映画好きの方や評論家の方には到底及びませんが、それでも勉強のつもりで見ていましたので、ある程度の事は解ったつもりでいます。

 まぁ一番解ったのは映画が面白いという事ですね(笑)。

 あと「自分に合っている」ということと…。


 どこかで読んだのですが、こういうのがありました。


「世の中には二種類の人間しかいない。それは露出狂と覗き魔だ」

 
 読んで笑いましたがw、なるほど…とも思いました。私は完全に覗き魔の方ですね(苦笑)。

 映画というのは本当、人の人生を覗き見るものなんですよ。登場人物は我々観客の存在に気付いていない。自分たちの人生を生きているんです。だから迫るものがあって面白いんだと思います。

 もし映画の人物たちが、我々の存在に気付いていたとしたら、それは彼らの本当の人生じゃなくやらせになってしまう。どんなに高らかに人生における愛や悲しみを歌い上げていても、嘘の作り事にしか思えないのです。いや、映画は作り事ですが、本当だと思わせないといけないという事です。

 この「本当だと思わせる」のがハリウッド映画はうまい。もう本当にうまいです。時代によって演技その他のリアリティは違うのですが、一貫してこの本当らしさを追求していると思います。真面目な映画、高尚といわれるような映画に限らず、馬鹿馬鹿しい映画も含め全てです。

 宇宙人が攻めてくる、大津波が起こる、至る所でドンパチをやって車がひっくり返る、爆発する…。これのどこが本当らしさだ、と言われるかもしれませんが、それは娯楽のけれんの部分ですからいいのです。そうではなく、それらに対するリアクションが本当らしいのです。
 
 「もしこういうことが起こったら、どうなる?」という回答が素晴らしくうまい。私はこれに感心しました。

 
 しかし本当らしさというのは、単に事実を集めて見せるだけではなく、願望と推測を雑ぜなければなりません。何故なら映画は娯楽であり、我々に出来ない願望(行動)を見に行く事が多いからです。悪者に襲われた時、震え上がって命乞いをするのが自分の事実だとしても、勇敢に立ち向かいやっつける…という方を望みます。それが心の真実なのです。これを掬い取っていなければ、本当の「本当らしさ」は表現できないと思います。

 推測というのは「こうすればこうなるものだろう」また「これはこういうものだろう」というものです。本当は違うとしても、考えればこうなるだろうなぁという。
 
 宇宙人など誰も見た事がないですからね(笑)。皆の既成観念を押さえつつ、新たなものを付加しなければ、誰もついては来られないでしょう。


 ハリウッド映画はそういう見せ方が本当に巧いと思います。それは多分、産業的にも性格的にもアメリカという国、人が必然的にそうならざるをえないからです。多くの価値観、立場を異にする人間を納得させ、楽しませるものをつくらなければならない訳ですから。

 で…一方日本映画はというと……この本当らしさというのがかなり下手だと(苦笑)、ハリウッド映画と比べてですが、思いました。

 
 正確には「実写映画で本当らしくみせるのがうまくない」ということですが…。


 …次回に続きます。
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